ブラフマンとサラスヴァティー

お客様とはいろいろお話させていただくのですが、先日お勧めいただいた東野圭吾さんの、代表作の「容疑者Xの献身」を読みました。インド的、仏教的な作品です。

絶望した数学者が、お隣の子持ちの独身女性に恋して、彼女の犯した殺人事件の罪をかぶろうとする話です。大変感動的なストーリーですし、なによりこういう仏教的な世界が今の日本に受け入れられていることに感銘を受けました。

お隣の女性は、「べんてん亭」というお弁当屋で働いています。数学者は彼女目当てにお弁当を毎日買いに行きます。
べんてんというのは、つまり弁財天です。
弁財天というのは元はインドの神様で、サラスヴァティーと言います。

 

サラスヴァティーの夫はブラフマンです。ブラフマンは宇宙創造の神、知恵の神です。

だから、数学者はものすごく頭がよく、お隣の女性を助けるために、
「1日ずれた世界」を創造しようとします。
1日だけずれているので、もちろんお隣の女性は完全なアリバイがあります。

数学者は創造した世界を完成すべく、警察に自首します。
自首で完全な犯人の入れ替えが完成しました。
犯罪を犯したのは数学者ということになりました。
(という入れ替えを完成させるために、数学者は関係ない人を一人殺しています)

でも、罪を背負ってくれる数学者にもうしわけなくなり、耐え切れなくなった隣の女性は、結局警察に自首します。

「あたしも償います。罰を受けます。石神(というのが数学者の名前です。やはり神なのです)さんと一緒に罰を受けます。あたしにで出来ることはそれだけです。あなたのために出来ることはそれだけです。ごめんなさい。ごめんなさい」

結局、ブラフマンとサラスヴァティーは(別の刑務所ですが)同じ受刑者という運命を歩むことになります。数学者の努力は無駄になりました。お隣の女性の隠蔽工作も無駄でした。元来数学者が恋をしたのは、絶望して自殺しようとしたとき、たまたまとなりの女性が引越しの挨拶に来たからです。だから数学者にとって彼女の犠牲になることは問題ではなかった。命の恩人だったからです。ただ、彼女を刑務所に入れないために頑張ったのに、結局彼女は自首してしまった。自分の人生をささげたのに、報われなかった。

しかしブラフマンとサラスヴァティーは、元来夫婦なのです。夫婦が結局同じ道を歩めることになったのです。ブラフマンは別世界の創造には失敗し慟哭しますが、サラスヴァティーとの結びつきには成功したと言うべきでしょう。

 

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